井原隆一氏の人生は、

苦労と勉強の日々ですが、非常に参考になります。




「将」の器「補佐役」の器―部長として、課長として、係長としての参謀学 |井原 隆一

【私の評価】★★★★☆:買いましょう。素晴らしい本です


■著者紹介・・・井原 隆一

 1910年生まれ。小学校卒業後、埼玉銀行に見習い行員として入行。
 各部長、常務、専務を歴任。
 1970年、赤字の日本光電工業に入り、無借金優良会社に再建。

●日本の会社は、係長、主任、副長が動かしているといわれますが、
 そうした補佐役の心構えを示した一冊です。

 ・真の補佐役というものは、功を私しようとしない。
  手柄を立てれば部下にゆずるか、君に捧げている。(p13)

●補佐役は、上司と一体化しなくてはならないというのが、
 井原氏の考えです。

 そして、一体化しながら、無私の心が必要となります。

 ・第二の会社に移る際、副社長(補佐役)としての任務を
  果たすためにはどうあるべきかを考えてみた。・・・
  手帳に「自分を捨てきれない者は会社を捨てるか
  自分が捨てられる」と書いたのもそのころである。(p5)

●井原氏の著作は、すべて自分の経験がベースとなっています。
 経験したいこと以外は書かないという信念があるようです。

 さらに、故事からの引用が、著作に重量感を持たせています。

●他の井原隆一氏の著作と重なるところはありますが、
 価値ある内容に変わりはありません。★4つとしました。

井原隆一氏の書籍⇒ http://ihara.bk-1.com/

■この本で私が共感したところは次のとおりです。


 ・昔から上に立つ者の身辺を濁らしてしまうものは、
  酒、女、かね、物で、男の邪欲といえるだろう。
  したがって、これらの欲を抑えた者は残り、
  溺れた者は亡びている。(p152)


 ・「役員になったら、あくせくするな。平素は昼行灯でいるがよい。
  そのかわり一朝あるときは命をなげ出せ」といわれた。(p136)


 ・辞任・・・「私としては収入の道を失うよりも、
  退任の時を失うほうが恐ろしい」と話したこともある。(p160)

▼引用は、この本からです。
「将の器 補佐役の器」井原 隆一、大和出版(1989/9)¥1,275
【私の評価】★★★★☆:買いましょう。素晴らしい本です


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読んでいただきありがとうございました!

【井原隆一の経歴】
1923年、14歳で埼玉銀行に入行。

20歳にして父親の莫大な借金を背負い、銀行から帰ると家業をこなし、寝る間も惜しんで借金完済。

 その間、並はずれた向学心から独学で法律、経済、経営、宗教、歴史を修めた苦学力行の人。最年少で課長抜擢。

証券課長時代にはスターリン暴落を予測し、直前に保有株式証券をすべて整理。 経理部長時代には日本で初めてコンピューターによるオンラインを導入するなど、その先見性を広く注目される。

 常務、専務を歴任の後、大赤字と労働争議で危地に陥った会社の助っ人となり、一挙に40社に分社するなど、独自の再建策を打ち出し短期間に大幅黒字無借金の超優良会社に甦らせる。

 その後も数々の企業再建に尽力。名経営者としての評判が高い。数多くの艱難辛苦をことごとく克服してきただけに、著者のとりあげる中国故事は多くの社長の共感を呼び、「帝王学」の師と慕われている。


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