井原隆一氏の人生は、

苦労と勉強の日々ですが、非常に参考になります。


    

人の用い方 |井原 隆一

人の用い方
人の用い方
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井原 隆一
日本経営合理化協会出版局
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【私の評価】★★★★★


■著者紹介・・・井原 隆一(いはら りゅういち)
 
 1910年生まれ。14歳で埼玉銀行に入行。20歳で父親の莫大な
 借金を背負い、銀行から帰ると家業をこなし、寝る間も惜しんで借金完済。

 その間、並はずれた向学心から独学で法律、経済、経営、
 宗教、歴史を修めた。最年少で課長に抜擢される。

 証券課長時代にはスターリン暴落を予測し、
 直前に保有株式証券をすべて整理。 経理部長時代には
 日本で初めてコンピューターによるオンラインを導入する。
 各部長、常務、専務を歴任。

 1970年、大赤字と労働争議で危地に陥った日本光電工業に入り、
 独自の再建策を打ち出し短期間に大幅黒字無借金の超優良会社に甦らせる。

 その後も数々の企業再建に尽力。名経営者としての評判が高い。




●20歳で年収の10倍以上の借金を背負った井原 隆一氏は、
 金なし、学歴なし、銀行の収入では利子も払えないという
 状況に陥ります。

 そのような状況でありながら、
 井原 隆一氏は、自分の生涯を次のように設計しました。

 ・私は二十歳のときに生涯設計として、
  二十歳代は法律の勉強
  三十歳代は宗教、哲学、歴史の勉強
  四十歳代は経済、経営の勉強
  五十歳代は蓄財
  六十歳以上は晴耕雨読と定め、また生涯信条として、厳しさ、時代の変化、
  自己能力の限界、疑問(先見)の四つに挑戦することを定めた。(p205)

●現在なら、自己破産するような状況のなかで、
 このような生涯設計を作る人が、はたしているでしょうか?

 その後、著者は、昼は銀行、夜は畑仕事をしながら、
 勉学に励み、小学校卒ながら最年少課長に抜擢されます。

 ・楽天主義というと、困難も知らず呑気にかまえている人のことをいうが、
  真の楽天主義とは、「不可能の壁は破れる」と信じて、それに挑む人間と
  理解している。(p353)

●この本では主に経営者としての心得が説明されていますが、
 その要諦は、賞罰のバランスのようです。

 厳しい中に、心温まるものがある。
 優しさの中に、厳しい原則を持っている。
 そうした相反する要素が、リーダーには必要なのです。

 ・『言志四録』に・・・(賞罰は世間の情勢次第で重くも軽くも
  すべきであるが、その割合は賞を十中の七、罰を十中の三程度に
  するのがよい)とある。(p168)


●そして、トップが気をつけるべきことは、
 自己過信、つまり、傲(おごり)であるといいます。

 調子の良いときにこそ、将来の禍根に備えて、
 準備することこそ、大切であるということです。(これが実に難しい)

 ・「人生の大病は、只だ是れ一つの傲(おごり)の字なり」という
  言葉がある。人の一生でいちばん害となるのは傲(おごり)の一字
  につきる、という意味である。(p66)

●この本を読んでも、すぐに名経営者にはなれないでしょう。

 ただ、みずからがリーダーの立場に立ち、壁にぶつかったときに、
 「あっ、この状況はあの本に書いてあったことだ」と
 気づくことが大切なのだと思います。

 ・何ごとによらず、実践して学び、学んで実践することは、
  立派な成果を得るためには欠くことができない。
  学んで行わないのは学ばないのと同じで、行うために学ぶのである。(p219)


●リーダーとして普遍の法則を教えてくれる不朽の名著です。
 経営者、企業のリーダーとなる人にお勧めします。
 ★5つとしました。




■この本で私が共感したところは次のとおりです。


 ・昔の大名は足軽のわらじの裏まで知っていなければ
  ならなかった。しかし、足軽の仕事をしてはならない。(p27)


 ・何をいわれても、どんなことに出会っても、すべて自己成長のためと
  思えば苦も楽しみになる。給料を与えて自分を成長させてくれるのが
  会社と考えれば不平不満も吹き飛ぶ。(p39)


 ・とかく人間は小才を誇り、小成を鼻にかけ謙虚を忘れる。・・・
  身を慎み、へりくだっているような人からは
  底知れない力を感じるものである。(p60)


 ・昔、兵を率いる将は温情を持って教育し、
  平素から軍の規律の徹底につとめて統制を図った。
  つまり、愛情のなかにも厳しさを忘れてはならないということである。
  (p110)


 ・よく「それは理想論だ」「困難だ」「不可能だ」といって
  片づけたがる人もあるが、これでは多くの人を率いることも
  不可能になるだろう。志をたてても困難も厳しさもない、まして
  行き詰まることもないというような志は、だれにもできる平易な
  ことでしかない。そんな志ならたてないほうがよい。(p126)


 ・公利、私利の混同の原因は、会社の私物化にある。会社に
  百%出資していたとしても会社は公的なもの、私物ではない。
  そこを履き違えるから混同がおこる。(p139)


 ・好況とは、不況のために天が与えてくれたものだ。・・・
  いついかなる災害にみまわれるかもしれない。そうした万一の
  場合も含めて好況時に備えておくのが経営責任というものだ。(p143)


 ・人生成功の近道は歴史、言い換えれば先賢の知恵を借りることにある。
  ところが、合理主義を唱えている人であっても、「読書など忙しくてやれない」
  という。忙しいから学ぶのであるといっても理解できない。(p223)


 ・私の日課を孫が、「学校の時間割りのようだ」といっていたが、
  在宅日の私の日課は起床から就寝まで、何から始めて、終わりは何と
  いうように決まっている。・・・早寝、早起きは若いころからのもの。
  それに会社勤め時代から、日曜や休日というものがない。平日どおり
  起きて、働き、寝るわけだ。読書、執筆はもっぱら午前中にしている。(p334)


 ・ある人は、「最高の地位につくと、かねの力が見えなくなる。自由に
  使えるからだ。次に人材が見えなくなる。おべっかをいう人間が集まって、
  真の人材が近寄りがたくなるからだ。こうなると最高権力者は野たれ死にする
  ことになる」といっている。(p433)




▼引用は、この本からです。
人の用い方」井原 隆一、日本経営合理化協会(1991/11)¥10,100
【私の評価】★★★★★

     

【井原隆一の経歴】
1923年、14歳で埼玉銀行に入行。

20歳にして父親の莫大な借金を背負い、銀行から帰ると家業をこなし、寝る間も惜しんで借金完済。

 その間、並はずれた向学心から独学で法律、経済、経営、宗教、歴史を修めた苦学力行の人。最年少で課長抜擢。

証券課長時代にはスターリン暴落を予測し、直前に保有株式証券をすべて整理。 経理部長時代には日本で初めてコンピューターによるオンラインを導入するなど、その先見性を広く注目される。

 常務、専務を歴任の後、大赤字と労働争議で危地に陥った会社の助っ人となり、一挙に40社に分社するなど、独自の再建策を打ち出し短期間に大幅黒字無借金の超優良会社に甦らせる。

 その後も数々の企業再建に尽力。名経営者としての評判が高い。数多くの艱難辛苦をことごとく克服してきただけに、著者のとりあげる中国故事は多くの社長の共感を呼び、「帝王学」の師と慕われている。


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